「うちの子、どうもわかっていないみたいで」
「わかれば出来ると思うんですけど」

うーん。 

それはただの練習不足ですよ。

誰かが教えて「わかった!」としても、本人が練習しないと
できるようにはなりません。
むしろ「わからなくても」練習はやるべきで、そのうちに
「なんとなくできる」ようになってきたら
もう一度原理を学べば少しは「わかる」かも知れませんね。


例:分数の割り算では、わる数を逆数に変えてかけ算にする。

 「これの原理は知らない」という大人は多いのでは?
 しかしほとんどの大人は「分数の割り算が出来る」と思うのです。

  「わからなく」ても「できる」でしょう?

「わからない」ゆえに「できない」というのは間違いでは?
成績が悪いとしたら
「わからない」ゆえに「やらない」という考え方が原因なのでは?

「やらない」が最大の悪だと思うのです。

「わからない」を理由にして「やらない」選択をする人は
大人だと社会で生きていくのは困難でしょう。

と、いうことで子どもには
「わからなくても大丈夫だから、習った通りにやれ!」
と声掛けしましょう。

さあ、前へ進もう!

※わからないことを放置したままでいいとは言いません。
 いったん目をつぶってでも進むことを推奨しているのです。
 何もしない言い訳に「わからない」を使うのは最悪ですよ!

※「わからなくてもやる」を曲解されると困りますが
 ナニナニをしてはいけない…などの禁止事項では
 なぜダメなのかわからなくてもやってはいけません。
 ちゃんとした人がちゃんと教えてくれたことなら「わからなくても」
 「習った通りにできるようにしなさい」ということです。
 
 けっしてマニュアル人間を育てたいわけではありません。
 最低限マニュアル人間を演じられる程度にはならないと仕事に困る
 だろうという昭和のオッサンの勝手な危機感の表れです。
 型を知って、身に着けて、そこから新しい何かを編み出すのは 型破り。
 かっこいい!
 型を知らず、何も身に着けず、滅茶苦茶やるのは 型無し。
 かっこわる!
 義務教育では型を習得するべし。

※「やる」→「できなかった(涙)」の場合は →「もう一度学ぶ」です。
 そしてできるまで「やり続ける」のですね。 
 塾はそのためにある! 出来るまでつきあうぜ!